「越美晴」をググろうとしたら「腰見張る」に変換されてしまった。
ませた小学生だったので、レッツゴーヤングで初めて彼女を見た時はのけぞった。アイドルだらけのサンデーズの中で、ひとりだけ浮いた印象があった。当時ピアノをあれだけ自在に操れるのは八神純子と越美晴、矢野顕子だったように思う。(もう少し前なら小坂明子だし、ずっとあとなら小林明子)「LOVE STEP」より「気まぐれハイウェイ」が好き。あの頃はまだ彼女も10代だったんだ。
Miharu Koshi - 気まぐれハイウェイ (1979) [Japanese Pop/Jazz Fusion]
その後カタカナ名義になってから印象に残っている曲では
「ラスト・ダンスは私に」「野ばら」
パルといえば「夜明けのマイウェイ」80年ごろCMソングになった「ラスト・メモリー」はよい。
ちょっとボーカルがサーカスに似ていて、間違えそうになるのは自分だけだろうか。
更に感動したのは安部恭弘。検索したらヒット数が26000もあった。
※2007年当時。2016年11月現在93000件。
高校生の頃「ダブルイマジネーション」を聴いたのがハマったきっかけだった。
「テネシーワルツ」「黄昏」アルバムだと「SLIT」「INVITATION」
最も好きな「ロングバージョン」作曲は安部恭弘。
「おとなの自由研究」を書くきっかけになったのは、ゲームをしていた坊主が突然「母さん、そういえばさあ、ふかわりょうって、今なんしよるん(何してるのか)?」
と聞いてきたのが発端だった。プロ野球中継ばかり見ていると、他の番組がおろそかになる。あのさあ、もっと、算数のこととか聞けよ。「ふかわりょう」って、私はその程度か。